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福岡高等裁判所 昭和29年(う)1493号 判決

控訴人 被告人 服部雅好

弁護人 副島武之助

検察官 中倉貞重

主文

原判決を破棄する。

被告人を

外国為替及び外国貿易管理法違反の事実につき、罰金五万円に

たばこ専売法違反の第一事実につき、罰金壱万円に

同法違反の第二事実につき、罰金弍万円に

処する。

右罰金を完納することができないときは各金五百円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人から金九万円を追徴する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人鶴田常道、同副島武之助、同鶴田英夫共同作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

同控訴趣意第一点について。

案ずるに、外国為替及び外国貿易管理法第二十一条は、本邦にある者は政令で定めるところにより本邦内にある対外支払手段等の財産を特定の場所に、若しくは特定の方式により保管若しくは登録し、又は外国為替資金特別会計、日本銀行外国為替銀行その他の者に売却する義務を課せられることがある趣旨を概括的に規定して一般的義務を課しただけで、その義務の具体的一内容として右法律の委任により昭和二十七年四月二十八日政令第百二十七号日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う外国為替管理令等の臨時特例に関する政令第四条第二項に、合衆国軍隊等以外の者の収受し又は所持する米国軍票の日本銀行への寄託義務を規定し、且つ同項の規定に基き、同日附大蔵省令第四十八号は右軍票の寄託手続を定めているのであるからこの義務に違反してその収受し又は所持する米国軍票を依然として保有する右軍票不寄託の事実が対外支払手段の集中に関する義務違反の罪として外国為替及び外国貿易管理法第七十条第二十二号の罰則規定に該当することを示すためには右昭和二十七年大蔵省令第四十八号はともかく前掲同法第二十一条の外、その規定の内容を補充する前記政令第百二十七号第四条をも併せて適用すべきものといわねばならない。

然るに、原判決はその認定した被告人が米国軍票を大蔵省令で定める手続により遅滞なく日本銀行に寄託しなかつたとの事実に対し、法令の適用としてただ外国為替及び外国貿易管理法第二十一条、第七十条第二十二号を摘示しただけで右政令第百二十七号第四条を掲げていないことが明らかであるから、前段説明したところにより外国為替及び外国貿易管理法第二十一条の規定に基く命令の規定する義務の内容が不明であるため、その適用した法令によつては結局原判示事実が果して同法第七十条第二十二号の罰則規定に該当するかどうかを知るに由なく、理由不備の違法があるので原判決はこの点において刑事訴訟法第三百七十八条第四号第三百九十七条第一項に則り破棄を免がれない。

論旨は理由がある。

同控訴趣意第二点について。

外国為替及び外国貿易管理法第二十一条の規定の委任により同条所定の対外支払手段の集中に関する具体的義務の一内容として昭和二十七年政令第百二十七条第四条第二項に「前項の者はその収受した又は所持する軍票を大蔵省令で定める手続により、遅滞なく日本銀行に寄託しなければならない。」と規定したのは同条第一項において合衆国軍隊等以外の者の米国軍票の保有、軍票による支払、若しくは同軍票による支払の受領、又は同軍票の輸出竝びに輸入を、理由の如何を問わずすべて禁止している点からみて非合法手段により収受した軍票は勿論、拾得し又は遺贈された軍票その他現実に日本人等の所持に帰属するに至つた一切の軍票の寄託を命じ、合衆国軍隊等以外の者をして絶対に軍票を所持させないことにした趣旨に基くものであつて、同政令においては直接に軍票の所持を禁止してはいないが、右の規定により集中義務の反射的効力として軍票の所持を禁止したものと考えられるので右政令第四条第二項所定の米国軍票の不寄託による対外支払手段の集中に関する義務違反の罪は、米国軍票の寄託義務の不履行を内容とする真正不作為犯であつて合衆国軍隊等以外の者が収受し又所持する米国軍票を遅滞なく日本銀行に寄託しないことにより直ちに既遂となると同時に終了するいわゆる即時犯ではなくこれらの者が収受し又は所持する米国軍票の日本銀行への寄託義務に違反し、その収受し又は所持する米国軍票を依然として保有する限り同軍票所持の期間の長短如何にかかわらず右寄託義務の終了乃至消滅するに至るまでこれを履行すべき義務は継続し同罪も亦継続して存続する一種の継続犯と解するのが相当である。従つて右政令第四条第二項所定の米国軍票の不寄託による対外支払手段の集中に関する義務違反の罪の事実としては若し合衆国軍隊等以外の者が収受し又は所持するに至つた米国軍票を遅滞なく日本銀行に寄託せず現に所持している際に発覚したものであるならば右軍票を収受し又は所持するに至つた時期を明示しなければならないことは疑わないところであるが、本件のように、収受し又は所持するに至つた米国軍票の所持を自ら喪つて故意に同軍票を寄託不能の状態に陥れた場合等においては必らずしも右軍票を収受し又は所持するに至つた時期を明示しなくとも、所持していた米国軍票を故意に寄託不能の状態に陥れ、その間これを保有して遂にその寄託義務を履行しなかつた趣旨の事実を具体的に判示すれば足るものということができる。

ところで、原判決は被告人は法定の除外事由がないのに、(一)昭和二十八年四月五日頃守政広から日本専売公社の売り渡していない米国製両切たばこラツキーストライク五十カートンを譲り受けその代金として米国軍票五十弗を支払い及び(二)同月十八日頃同人から右ラツキーストライク百カートンを譲り受け、その代金として前記軍票百弗を支払い以ていずれも右軍票につき大蔵省令で定める手続により遅滞なく日本銀行に寄託しなかつたものであるとの事実を判示しておつてその措辞いささか妥当を欠ぐ嫌がないでもないが原判決は被告人が所持していた米国軍票を故意に寄託不能の状態に陥れるまでこれを保有して遂にその寄託義務を履行しなかつたとの趣旨の事実を判示していることが明らかであり「たばこの代金として米国軍票を支払い」と判示したのは前記説明したとおり本件犯罪が一種の継続犯であることに鑑みると、それはただ右のとおり被告人が所持していた米国軍票を故意に寄託不能の状態に陥れた事実を具体的に現わしたまでのことであつて前記政令第四条第一項にいう「軍票による支払」は勿論論旨にいわゆる事後処分としての利用行為自体を捉えて処罰の対象にしたものではない趣旨が看取されるので原判決の事実摘示中、被告人が何時米国軍票の所持を開始したかを判示していないことは所論のとおりであるけれども前段説明したところによりこれを以て本件につき必らずしも罪となるべき事実を明示していないものということはできない。

原判決には所論のように理由不備又は審理不尽乃至は法律の解釈適用を誤つた違法の点なく論旨は採用するに由ない。

以上説明したところにより原判決は結局全部破棄を免かれないので量刑不当を主張する論旨第三点に対する判断を省略し、原判決を破棄した上刑事訴訟法第四百条但書に従い、本件につき更に判決をすることとする。

そこで原判決の確定した事実に法令を適用すると、被告人の判示所為中たばこ専売法違反の点は各同法第六十六条第一項、第七十一条第一号、罰金等臨時措置法第二条第一項に、米国軍票不寄託の点は各外国為替及び外国貿易管理法第二十一条、昭和二十七年四月二十八日政令第百二十七号第四条、外国為替及び外国貿易管理法第七十条第二十二号、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するので、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから各米国軍票不寄託の罪につき同法第四十八条第二項により各罪につき定められた金額の合算額以下の範囲内で被告人を罰金五万円に処し、又たばこ専売法違反の罪については同法第七十八条本文の規定により刑法第四十八条第二項の規定を適用せず各罪毎に処断することとしその所定金額の範囲内で被告人を原判示第一の事実につき罰金一万円に同第二の事実につき罰金二万円に処し、右各罰金を完納することができないときは刑法第十八条に則り金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、なお被告人が譲りうけたたばこは没収することができないのでたばこ専売法第七十五条第二項によりその適正価額の範囲内たる金九万円を被告人から追徴することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 大曲壮次郎)

弁護人の控訴趣意

第一点、原判決は判示第一において「同日同市においてその代金として米国軍票五〇弗を支払い以て右軍票につき大蔵省令で定める手続により遅滞なく日本銀行に寄託しなかつた」との犯罪事事を認定し、その法律理由として外国為替並に外国貿易管理法第二十一条第七十条第二十二号(懲役刑選択)を掲げている。然しながら外国為替並に外国貿易管理法第二十一条は、「居住者たると非居住者たるとを問はず本邦にある者は、政令で定めるところにより、左に掲げる財産を特定の場所に若しくは特定の方式により保管若しくは登録し、又は外国為替資金特別会計、日本銀行外国為替銀行その他の者に公定価格(公定価格がないときは時価)を参しやくして大蔵大臣が定める価格で本邦通貨を対価として売却する義務を課せられることがある。一、本邦内にある対外支払手段、二、本邦内にある貴金属」と規定するのみである。よつて原判決の掲げる法律理由によつては前記原判示の事実が何故に外国為替並に外国貿易管理法第二十一条に違反するとせられるのか明らかでない。従つて原判決には理由不備乃至は理由齟齬の違法があるものと謂うべきである。なお右の違法は判示第二事実の後段についても同様に存在する。

第二点、原判決は、被告人が支払つた米国軍票につき何時所持を開始したかを判示していない。昭和二十四年政令第三百八十九号が昭和二十七年四月二十八日に廃止せられて後に米国軍票の所持自体は処罰せられないこととなり、昭和二十七年政令第一二七号により米国軍票は外貨に準ずる取扱をうけ、同年大蔵省令第四八号により米国軍票の寄託手続が定められている。即ち、米国軍票を取得した者は遅滞なくこれを所定の手続により日本銀行に寄託すべきものと定められているのである。従つて米国軍票の所持を開始して後これを日本銀行に寄託することなくして相当期間を経過した場合には寄託義務違反の犯罪(外国為替並に外国貿易管理法違反)が成立することは疑いのないところであり、一旦右の違反罪が成立した以上はその時以後右米国軍票を交換手段に利用したとしても利用行為そのものが犯罪を構成するいわれはないのである。原判決は単に被告人が、昭和二十八年四月五日頃及び同月十八日頃たばこの代金として米国軍票五十ドル及び一〇〇ドルを支払つたことにより、外国為替並に外国貿易管理法違反罪が成立したものと認定判示しているが、仮りに被告人が米国軍票を取得した時期がそれぞれ四月五日又は十八日より相当以前であつたとすれば、(被告人の司法警察員に対する第一回供述調書(記録三八丁)第十項末段によれば被告人は判示第二の百ドルは四月初頃所持を開始している。)原判決は被告人の犯罪成立後の事後処分をとらえて罪に該るものとして処断していることとなる。よつて原判決の判示によつては罪となるべき事実が明示せられていないものと謂はざるを得ず、原判決には理由不備又は審理不尽乃至は法律の解釈適用を誤つた違法があるものと思料する。

第三点原判決の刑の量定は重きにすぎると考える。

一、被告人の本件所為は昭和二十八年四月中のことに属する。当時被告人は職がなく(被告人の司法警察員に対する第一回供述調書記録三八丁)妻子を扶養するのに汲々たる有様であつたばかりでなく、昭和二十六年九月に検挙された昭和二十四年政令第三八九号違反被告事件の第一審で懲役十月罰金弍拾万円の判決をうけ控訴中であつたが、判決言渡期日未指定のまま時日が経過していた状態で、何時妻子を残して実刑に服さなければならなくなるかも知れない不安に焦慮していたためこの様な過誤に陥つたものである。二、被告人は昭和二十八年五月から大村市萱瀬町三八八番地においてパチンコ店を開業して一家の生計を維持すべき収入を確保し得ることとなり、同年八月には同業者に推されて同市内のパチンコ組合の組合長となり現在に及び漸く生活も安定するに至つている。三、被告人はさきに控訴中であつた昭和二十四年政令第三八九号違反被告事件については、昭和二十八年十二月二十六日御庁において第一審判決を破棄せられ懲役十月罰金弍拾万円、懲役刑については参年間執行猶予の御寛大な判決の言渡をうけその恩典に感泣したのであるが、如何せんその時以前に犯した本件の原審判決懲役十月の実刑の言渡が確定すれば、さきの執行猶予も取消さるべき窮境に在る。四、被告人の本件外国為替並に外国貿易管理法違反被告事件は、さきに御庁で体刑につき執行猶予の判決をうけた事件と併合して審理せられることが可能であつたならば、恐らく併せて体刑の執行を猶予せられ得たものであらうと考えられるし、又被告人は昨年十二月二十六日に前記判決をうけて後は何等の誤ちも犯すことなく正業に就き妻子を養うとともに組合員の共存共栄のために尽力しているので、再犯の虞なき状態となつている。五、叙上の事情に在る被告人につき原審の刑が変更せられないとすれば終戦後八年間の苦難の末漸くにして安定した被告人一家の生活は再び覆えされ、被告人のみならずその妻子は善良な社会の一員としての将来を期待し得ない苦境に陥るの外ないものと思はれる。早稲田大学師範部を卒業し相当に教養のある被告人であり幸いに生活の安定を得、過去の自己の行為及び生活態度を厳しく反省し、深い悔悟の末更生を誓つている被告人である。被告人をして自力により更生せしめその妻子をして必要以上の苦境と恥辱の裡に沈淪せしめざらんため、被告人の本件外国為替並に外国貿易違反被告事件につき罰金刑を選択せられるか、又は体刑につき再度相当期間その執行を猶予せられるのが相当であると思料し、御庁の御寛大なる御判決を希求する次第である。

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